(以下は、他のエントリにおける小生の議論を、加筆・修正したものです。)
中国が、どういう「思想」の下で行動しているのかという点を、「国家戦略」(正確には、「軍事戦略」という意味合いが強いですが)と「海軍戦略」という2つの側面から見ていきましょう。
では、まず、「国家戦略」です。
現在の中国の動向を見る際に重要となるのが、彼らの行動原理である、「戦略国境」という概念です。これは、「国境というものは、総合的国力の変化によって変化する」という概念であり、「安全空間、生存空間、科学技術空間、経済活動として中国の安全と順調な発展を保証する」ために、「国家と民族の生存空間」として、陸地のみならず、「海洋、深海、宇宙空間」という三次元における「国境」の拡大を目指すという考えです。なお、この概念は、1987年4月の「解放軍報」に掲載された、徐光裕(将軍)による、『合理的な三次元的戦略国境を追及する』という名の論文によって示されました。
近年、海軍力を急速に増強させているのも、「海洋」における「国境」を拡大させるためであり、積極的に海底資源開発を進めているのも、「深海」における「国境」を拡大させるものです。もちろん、最近、宇宙開発に特に力を入れているのも、「宇宙」における「国境」を拡大させるものです。
ここまで、よろしいでしょうか?中国は、「国家戦略」として、「戦略国境」という概念を導入し、体系的に、そして、概念的に「国境」の拡大を目指しているのです。
次に、「海軍戦略」です。
まず、彼らの「海軍戦略」について説明する前に、その戦略が生み出された歴史的背景を確認しておきましょう。
1980年代初頭、鄧小平が、国土の外側で敵を迎え撃つという「積極防御戦略」という「軍事戦略」を打ち出します。これを受け、1980年代半ば、当時、海軍司令員(司令官)であった、元中央軍事委員会副主席、劉華清(提督)が、「近海積極防御戦略」を提唱します。その後、1989年の天安門事件と 1993年の台湾海峡危機の結果、中国の「敵」は、「ロシア」から「アメリカ」へと移行します。また、それと前後して、中国は、1992年、尖閣諸島、南沙・西沙諸島を中国領とする「領海法」を施行させています。1993年には、李鵬首相が、全人代において、「防御の対象に海洋権益を含める」との声明を出します。そして、1997年、李鵬首相の発言を法律に明記した、「国防法」が施行されます。さらに、1997年、石雲生海軍司令員の時代になると、「近海積極防御戦略」という概念を、「海軍発展戦略」へと発展させました。
ここまでの歴史的流れ、よろしいでしょうか?特に、1992年以降、より積極的に「外」へ出て行く姿勢が見えてきますね。もちろん、この背景にあるのは?そう。「戦略国境」という概念です。
では、続いて、彼らの「海軍戦略」の中身、特に海軍の方向性、つまり、海軍の「建設計画」について見て行きましょう。なお、今の「海軍発展戦略」は、基本的に、現代中国海軍の戦略の根本になっている「近海防御戦略」の延長ですので、ここでは、根本である「近海積極防御戦略」における「建設計画」について見て行くことにします。
「近海積極防御戦略」の中は、海軍の建設計画を「再建期」、「躍進前期」、「躍進後期」、「完成期」の4つの段階に分けています。具体的には、下記のとおりです。
1 「再建期」(1982-2000) : 沿岸防御態勢の確立
2 「躍進前期」(2000-2010) : 第一列島線内の制海権確保
3 「躍進後期」(2010-2020) : 空母建造、第二列島線内の制海権確保
4 「完成期」(2020-2040) : 米海軍による太平洋、インド洋支配の阻止
なお、「完成期」以降については、米海軍と対等な海軍を建設することを目指す としています。
2007年7月、キーティング米太平洋軍総司令官が訪中した際に、太平洋の西側をアメリカが、東側を中国が分割して管理するという、いわゆる「太平洋分割管理案」を中国海軍側がアメリカに提案したのも、この戦略に基づいてのことです。そう。彼らは「本気」なのです。
ここまでよろしいでしょうか?「国境」を外へ外へと広げようとする、彼らの「国家戦略」。そして、「影響力」を外へ外へと伸ばそうとする、彼らの「海軍戦略」が明らかになりましたね。
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by takumi0125
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